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東京高等裁判所 昭和62年(う)893号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤沢抱一が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官佐藤克が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する(ただし、それぞれ、本件の衝突地点が横断禁止の場所であるとの主張に関する記載部分を除く。)。

弁護人の論旨は、原判決には量刑の理由に関する事実について判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、また、被告人を懲役一〇月の実刑に処した原判決の量刑が不当に重く、被告人に対しては刑の執行を猶予すべきである、というのである。

右論旨に対する判断に先立ち、職権で調査をすると、原判決は、罪となるべき事実の第一として、被告人が当該日時、場所において、酒気を帯び、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で普通乗用自動車を運転したと認定し、証拠の標目中に、右事実の証拠として、自白に当たる被告人の原審公判廷における供述及び捜査官に対する供述調書計三通とともに、酒酔い、酒気帯び鑑識カードを掲げているが、刑訴法三三五条一項、三一九条二項等の趣旨に徴すると、右のような酒気帯び運転の事実については、被告人の自白がある場合でも、被告人が一定量以上の酒気を帯びていたことだけでなく、被告人がその自動車を運転したことについても補強証拠がなければ、有罪の認定をすることができず、また、有罪判決の理由としても、証拠の標目中に、自白のほかに右補強証拠を掲げることが必要であると解される。従つて、原判決には、被告人がその自動車を運転したこと自体についての補強証拠が掲げられていないという点で、理由不備の違法があるものといわなければならず、原判決は破棄を免れない。

よつて、論旨に対する判断を省略したうえ、刑訴法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において更に次のとおり判決する。

当裁判所が認定した罪となるべき事実は、原判決が認定した罪となるべき事実のとおりである。

その証拠は、判示第一の事実について、「石山富蔵の検察官に対する供述調書二通」を追加するほか、原判決が掲げる証拠の標目のとおりである。

法律に照らすと、被告人の判示第一の所為は、昭和六一年法律第六三号による改正前の(同法附則3項に従う。)道路交通法一一九条一項七号の二、道路交通法六五条一項、同法施行令四四条の三に該当し、同第二の所為は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、各罪につきそれぞれ懲役刑を選択し、刑法四五条前段、四七条、一〇条により第二の罪の刑に併合罪の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処する。

なお、所論にかんがみ量刑について付言すると、本件は、被告人が、呼気一リットルにつき〇・四五ミリグラム以上とかなりの程度に酒気を帯びて自動車を運転したうえに、その際交差点の赤信号を看過したため、その交差点の入口に設けられた横断歩道上において、青信号に従つて歩行していた人をはねて全治約七箇月の重傷を負わせたという、事故に至るまでの経過、過失の態様、被害の程度のいずれの点をとつてみても、犯情の悪質な事案である。所論は、被告人が、昭和六一年九月二日付実況見分調書添付見取図の①の地点で自己の対面信号が青色であるのを確認したと述べていることを前提として、計算上、衝突の時点では被害者の対面信号もまだ赤色であつたことになるから、被害者に落ち度がなかつたとはいえないと主張するが、石山富蔵の捜査官に対する各供述調書によると、同人がタクシーを運転して被告人と反対方向から進行し、右交差点の五〇メートル余り手前で対面信号が赤色に変わつたのを見てその交差点の手前で停止し、そのあと振り返つて客と話をしていたときに本件の事故が発生しており、被告人の対面信号が赤色に変わつてから事故が発生するまでの間には、いわゆる全赤となる二秒間をかなり超える時間的間隔があつたものと推認されるうえに、右石山の供述調書や、当時被告人車に追従してきて、一つ手前の交差点辺りから事故現場に至るまでの間被告人の危い運転振りを目撃していたという松永佳男の検察官に対する供述調書などに徴すると、被告人の供述自体、対面信号が青色であるのを確認したという地点に関する限り、正確な記憶に基づくものとは思われず、被害者の対面信号もまだ赤色であつたことの根拠とするには足りないから、所論は採用することができない。従つて、被告人の刑事責任は非常に重いといわざるを得ず、他面において、被告人が、十分に反省して被害者に対しても陳謝につとめ、原判決後において円満に示談を成立させており、被害者自身被告人に対する寛大な処分を望むに至つていること、その他被告人の年齢、経歴、家庭の実情、就労の状況などの、所論が指摘し、あるいは当審における事実取調の結果からうかがわれる被告人に有利な諸事情を十分にしん酌してみても、被告人に対し刑の執行を猶予する程の情状があるとまでは認められない。

そこで、原審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂本武志 裁判官田村承三 裁判官本郷 元)

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